秋桜のエッセイ

音韻について

2004-12-21

読み書き障害やアスペルガーの人と話をしていると、「文字を覚えるのが苦手」「人の話がよく聞き取れない」「音読しないと書かれている文字の意味が分からない」「相手の話を復唱しないと意味が分からない」という訴えをよく聞きます。

これは原因としては2つ考えられます。1つは視知覚認知の問題で、形の弁別が素早くできないという情報処理の問題が考えられます。漢字でも偏とつくりを反対にしてしまう、英単語が正確につづれないといった問題が多く生じる場合、視知覚系の要因をまず考えます。

2つめは音韻能力の問題が考えられます。音韻と言われると「何それ?」と思われる方も多いと思います。音韻とは簡単に言うと音声の中から適切に音素や音節を抽出する能力を指します。これは音声を文字に変換していく能力や、反対に文字を音声と結び付けていく能力の基本となるものであり、意味ルートへとつなげていく重要な役割を果たします。

定型発達の場合、音韻の能力は3歳前後から発達しはじめます。ある単語を聞いて最初の音(語頭音)→最後の音(語尾音)→間の音(語中音)の順に音を区切れるようになり、数の発達とともに単語に含まれる音節の数が分かるようになります(例えばみかんなら3つなど)。4歳くらいになると音当てクイズなどもできるようになります。早い子だとひらがなを読めるようになり、簡単な文字を書くようになります。5歳になると音の抽出がスムーズになってしりとりができるようになり、今まで意識していなかった助詞の使い方を学び始め、構文について意識し始めます。5歳後半から6歳前後で特殊音節を理解し、書字が可能になってきます。大体このくらいの年齢で就学になり、本格的な文字言語の学習が始まります。そういう意味で考えると、非常に子どもの発達と社会の仕組みというのがリンクしているのが分かります。

ところが音韻の発達が未熟な場合、音節の区切りがうまくつけられないために文字学習や語学学習に支障が出ることがあります。ただ日本語の場合「ん」以外は基本的に子音+母音の音韻体系であること、1つの文字に対して1つの読み方しかないことから、かな文字と日本語の基本的な音韻の習得は英語の音韻習得よりは容易だと言われています。ところが漢字の習得が入ると、漢字自体が表意文字であることに加えて日本語は同音異義語が多いため、漢字への変換がスムーズに行かないと学習に困難が生じてしまいます。おまけに漢字には音読みと訓読みがあるし、熟語に無理遣理大和言葉を当てはめて読ませていることも多いため混乱が生じやすいようです。

さらに英語の学習が始まると音韻能力に問題がある場合は英語の音韻ルールが理解しづらいため、細かい配慮が必要になります。まず英語の場合、日本語と違って多くの子音を聞き取る能力(専門用語では音素と言います)が要求されます。次に英語の母音はバリエーションが多く、日本人には「ア」に聞こえても全部違ったものと捉えなくてはいけない音素が存在します。さらに英語では同じスペルでも前後のつながりで読み方が変化するため、そのルールが日本語より分かりづらいという特徴があります。アメリカでは約20%の人が何らかの読み書き障害を抱えていると言われていますが、このような事情が背景にあると考えられます。

そのため、私は音韻能力に問題がある場合、早期の外国語教育はあまり意味がないと考えています。逆に母国語の音韻体系をきちんと覚えてからの方が結局習得が早いと思っています。実際アメリカの小児科医であるメル・レヴィーンは音韻習得に問題があるケースに対して外国語の履修を遅らせるよう指導しています。

音韻能力を鍛えるにはある程度の反復学習が必要です。練習としては音声だけを聞いて復唱してみて、あとで文字を見てどの位合っていたか確認する、口元を隠して二音弁別課題(ランダムに同じ音と違う音を入れる)や単語の聞き取り課題を出してもらう、といった方法が挙げられます。これは英語学習でも活用できる方略です。漢字の場合は意味ごとに分類する、偏とつくりに分けて漢字を作ってみるといった練習を行ったり、熟語や例文を一緒に覚えるといった方法で学習する方法もあります。



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